格差社会が問題で悪いことなのは本当?さらに貧富の差が拡大する時代に求められる考え方

差社会という言葉が話題になってから、10年以上が経過して、貧富の差は益々健著になっています。もっといえば、日本の経済力は相当弱体化して、個人年収600万円で格差の頂点のピラミッドに入っているようです。

格差社会という言葉は、1985年くらいから使われはじめている言葉で、話題にされるようになったのはここ10年くらいのことだと思います。

格差ピラミッドの頂点の中の頂点に属する人たちは、ますます富を得ていて、格差ピラミッドの底辺に属する人たちの数はどんどん増えていて、格差が広がっているようです。

以前、大人こそ夢を描け、お金を稼げ!NHKスペシャル「見えない“貧困”~未来を奪われる子どもたち~」を見て思ったことでもいろいろと書きましたが、この豊かな日本の中でも貧困が貧富の差が激しくなって、貧しい人もたくさん生まれているようです。

そして、さまざまな意見を読むと、経済格差は教育の格差を生み、そのまま固定化されて抜け出せなくなるといいます。だから、格差社会から階級社会へと変貌することが必要だという意見も出ています。いろいろな論旨がありますが、一端それらの意見がどうなのかについては、おいておいて、私の意見を書いていきたいと思います。(意見に意見をぶつけても水掛け論になりますからね。)

格差社会の構造

現状の格差の構造:https://dot.asahi.com/print_image/index.html?photo=2018071100016_3

※週刊朝日のオンライン版?からの引用。注目すべきは、資本家階級の高等教育を受けた割合が42.3%なのに対して、新中間階級の高等教育を受けた人の割合が61.4%で、アンダークラスが27.7%だということ。つまり、高等教育は、もっとも貧乏になる確率を下げるが、もっとも豊かになる確率は上げないということができます。

格差は全体観で見たもの、個々人だけでは存在しない

まず、私が言いたいことは、格差社会であることと「あなたの人生」は関係ないと言うことです。つまり、あなたが仮に貧しいとして、それは格差社会が原因なのではないということです。

確かに、現代は格差社会が広がっていて、貧困が生まれているのだと思います。でもそれは、現状の経済活動の結果、格差、貧困が生まれているのであって、格差があるから貧困が生まれているのではないということです。因果関係を見間違わないようにしたいところです。

また格差は、社会全般を見た時に言えることであって、格差社会だろうとなかろうと、あなたは自分らしく人生を歩んでいくことができます。つまり、個人の人生にとっては、格差社会だろうとそうでなかろうと(一億中流社会であろうと)、関係ないのです。

格差社会は教育格差を生み固定化する?

また、格差社会は教育格差につながり、教育格差は格差を固定化すると言います。

しかし、考えてみてください。

私たち日本国民は、無償で中学生まで進学することができます。基本的には塾に行かなくても、勉強する環境はあるわけです。また、高校、大学は貧乏であれば、授業料を減免してもらうことができます。奨学金だってあります。

つまり、私たちは貧乏だから高等教育を受けられないというのは、「嘘」なのです。

現に私は、大学時代、入学料も授業料も一切学校に支払っていませんし、毎月40,000円くらい奨学金をもらっていました。あとはバイトして稼いで生活していました。

だから、教育はお金がなくても、格差社会でも問題なく受けることができます。もちろん、塾に行けないなどの多少のハンディはあるかもしれませんが、塾にいけなくても高等教育は受けられます。私も塾には行ったことはありません。

※高等教育が収入に直結するわけではありませんので、ご注意ください。図参照。また、この記事の下のほうでも書いています。

チャンスは平等に与えられている

教育だけではなくて、常にあらゆる仕事のチャンスが平等に与えられていますので、格差は社会全体の課題であって、個人の問題ではないということができます。

また、同じ週刊朝日の記事によると、次のように書かれています。

アンダークラスの労働時間は週平均36時間で、意外と長い。実際に分布を見ると過半数は40時間以上で正社員(44.5時間)並みに働いている。それで年収がようやく186万円です。

この文章を読むと、貧しい人は週平均36時間しか働いていないとのことです。

つまり、もっと働けば貧乏は解決するということです。私は、過去週に100時間くらい働いたこともありますので、週に36時間しか働いていない人は、収入を2倍にすることもできることになります。アンダークラスになると、独身率が60%を超えているので、家族がいない以上、決して非現実的な話ではありません。

※ただ、障害や病気がある人は別問題です。障害や病気で社会生活に支障をきたしている場合は、別です。正当な理由があって、適切に働くことができない人は、国や行政から支援がもらえる可能性が高いので、いますぐ役所にいきましょう。

比較するから苦しくなる

比較するから苦しくなる

ではなぜ、多くの人は格差社会を批判して、こんなにも声高に文句を言っているのでしょうか。

おそらくですが、文句を言っているのは、自分が格差社会の底辺にいると感じていて、生活が不自由なのは、格差があるからだと感じているからだと思います。

ところが、先ほど解説したように、直接的に格差があるからといって、生活に支障を来すことは「まずない」と思ってよいです。なぜなら、どんなに貧しくても、最低限の教育を受けることは可能ですし、人生どんな時からでも、どんな人生でも歩むことができるからです。

格差は単独ではあり得ない

格差というのは、2者以上が存在することを前提としてはじめて存在することなので、自分の人生単体では、格差は発生しません。あくまでも、他者と比較することで、自分の中に格差が生まれるわけです。

つまり、比較するから格差は生まれてくるのであって、比較さえしなければ、格差なんて存在しないわけです。

じゃあなぜ、人は比較するのでしょうか。比較にどんな意味があるのでしょうか。

比較するメリットはない

ハッキリ言って、比較することで得られるメリットはありません。

比較することで、得られるのは、自分が対象よりも勝っているか、劣っているかという優劣だけです。優劣を付けて、自分が優れていると感じれば、相手を見下して、自分が劣っていれば、劣等感を感じることになります。

不平不満として出てくるのは、劣等感から来る意見ですので、当然自分が劣っているという考え方になります。

 

誰も、稼ぎがよい人と比べて、自分を卑しめてくださいと言っているわけではないのに、格差社会のニュースをみて、格差があるから自分は貧しいんだと責任転嫁して、不満を噴出することになります。

秋山慎也秋山慎也

その人にとっては、格差があるかないかは全く関係もないのに、格差を意識することで、劣等感を抱き不平不満を感じてしまうわけなので、ハッキリ言って損ですよね。

格差社会がもたらしたもの

では、格差社会というものは、収入の少ない人が不満に思ってしまうので、よくないことばかりでしょうか。そもそもなぜ、格差が生まれたのでしょうか。格差社会は何をもたらしたのでしょうか。

まず、格差は生まれるべくして生まれています。

以前は、画一的に働いて、年功序列で仕事すれば、収入がアップしていった時代でしたので、多くの人の収入に差がありませんでした。また、情報化社会前では、現代に比べたら速度が遅かったので、さまざまなことがゆっくりでした。

福沢諭吉福沢諭吉

とは言っても、昔だって格差はあったわけです。お金持ちもいたし、貧乏人もいたのですから。ただ中間層が多かったというだけの話で、今が特異なわけではありません。

なので、会社の成長もゆっくりだし、収入の増大も減少もゆっくりだったわけです。さまざまな速度は、文明レベルの高さに応じて加速度的に速くなっていて、速度が速いと、拡散される情報量も多くなります。

従って、テクノロジーが進化したから、さまざまなことの速度が早くなった結果、収入を増やす人は収入を増やす速度が速まり、収入の少ない人は転職の速度が速まるなどして、収入が全然上がらない状態となって、格差が広がっていったというのが、抽象的なレベルの要因だと思います。

つまり、格差が生まれるというのは、テクノロジーが進化したからであって、誰にも与えられたチャンスがあって、そのチャンスを掴めば比較的短期間に富を得たり、失ったりできることになります。ただ、それだけということになります。

なので、格差社会というのは決して悪いのではなくて、チャンスが広がった証と捉えることもできると思います。

教育格差が人生の差になるのは本当か

そんなことを言うと、格差社会は教育格差を生んでしまうので、格差が固定化されて、貧乏人が一発逆転できるチャンスさえなくしてしまうという意見を頂くと思います。(さらっと上部で触れた通りです。)

でも現代の日本で、お金がないから教育を受けられないということはありません。お金がなくても、高校も大学も行くことができます。学ぶ意欲がある子どもはちゃんと学べるように法律や制度が守ってくれているのです。

なので、教育格差が生まれるのは格差が原因なのではありません。

その人の考え方が問題ということになります。

また、高等教育を受けることが、収入をアップさせる要因であるのは、先のピラミッドを見れば明らかですよね。資本家階級の高等教育を受けた割合が42.3%なのに対して、新中間階級の高等教育を受けた人の割合が61.4%だからです。

なので、格差が教育格差につながるわけではないのはもちろん、必ずしも教育格差が収入に直結するわけではないということができます。

ビジネスチャンスは不満から生まれる

格差社会は、そこで不平不満を抱く人が出てきます。不平不満が出てくるということは、そこには、強いニーズが存在することになります。

強いニーズが存在するということは新しいビジネスチャンスが生まれることになります。

なのでもし、あなたが格差社会の話を聞いて、憤りを感じているのであれば、ぜひその憤りをビジネスに転化して、しっかりとお金を稼いでみてはいかがでしょうか。あなたが憤りを感じるということは他の誰かも同じ理由で憤りを感じている可能性は高いです。

他の人の憤りに共感して、その憤りを満たすことができれば、ビジネスになりますよね。なので、格差社会に憤りを感じている人は、その格差社会によって生まれた不満を逆手に取って、豊かな方に舵取りをしてもらえれば、晴れて格差社会の憤りから解放されることになります。

ぜひ、お試し頂けたらと思います。