これから信用とブランドの時代、紛らわしいものは淘汰へ

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これから信用とブランドの時代、紛らわしいものは淘汰へ
現代のマーケティングは、非常に高度になって、さまざまな手法が展開されています。これは、競争が激化して、ビジネスを展開していくために、他社と差別化してユーザーを獲得するのに必要だからです。

 

基本的なマーケティングというのは、見込み客のニーズを明確化してあなたの商品がそのニーズを満たすものであることを適切にユーザーに理解してもらい商品の購入につなげること、これが定義だと私は考えています。ところが、これらのことがわからない業者が多いために、見込み客が求めているのとは異なる商品が販売されたり、見込み客のニーズを無視した点が強調されたりした結果、ビジネスにつながらないことが大きな問題でした。

 

マーケティングとは、見込み客のニーズを明確化し、てあなたの商品が見込み客のニーズを満たすものであることを、適切にユーザーに理解してもらい商品の購入につなげること

 

マーケティングの進化

マーケティングの進化
ところが、本質的なマーケティングが進んでいくと、完全に見込み客を中心と据えてものごとが考えられるようになってきました。

 

見込み客は何を求めているのか、そのニーズを満たすためには見込み客はいくら支払うのか、どういうステップでアプローチしたら見込み客はもっともお金をたくさん支払うのか、これらが研究されていきました。そして究極のマーケティングとして、見込み客が「欲しい」と思う物を作ろう、そして、「見込み客の欲しいものはこれだ」と信じられる広告を作ろう、という流れになってきました。

 

商品ありきで、それをどう消費者に買ってもらうか

 

ではなくて、

 

消費者が欲しいものを作って届けよう

 

になったのです。

 

このようにして、マーケティングは見込み客の思考を中心としたものへと変わっていくことになりました。ビジネスの中心に見込み客がいるわけなので、非常によい流れだと思います。

 

進化して退化する

ところが、数年前情報商材を販売している人たちのマーケティングを垣間見ることがあったのですが、とても驚きに内容でした。

 

それは、「ユーザーが求めるお金の稼ぎ方」を調べて、「その情報を売ります」というセールスレターを作って販売して、売れたら「商品を作る」というものです。そして、売れなかったら返金するのだそうです。

 

商品を作る前に、仮定状態の商品を売って、売れたら商品を作るという完全なる逆算

 

なので、例えば、「パソコンにただ向かっているだけでお金を稼ぎたいなぁ」とユーザーが思っているなら、「パソコンにただ向かっているだけでお金を稼げる方法」を販売します。売れたら商品を作るのです。ところが、ただパソコンに向かっているだけでお金を稼ぐことなんてできません。

 

そこで、いろいろとつじつま合わせの商品にしていくことになります。例えば、(しっかりとしたアフィリエイトサイトを作った上で)パソコンに座っているだけでお金が稼げるようになる、といった具合です。

 

つまり、商品の中身が、全く無意味なものになってしまっていたのです。

 

ビジネスと詐欺の境界線

この流れは、そこから数年経過してどんどん実ビジネスのほうにも流れてきているように思います。使い物にならない安い充電ケーブルや、すぐ壊れるものなど、情報商材だけではなくなってきているように思います。

 

これは、以前NHKのクローズアップ現代でとりあげられたフェイク広告にも似ていると思いますが、効果がなくても効果があるように表現されたり、見込み客が求めているものを売る、というところの根底がずれてきているように思います。

 

基本的に、商品は約束された価値を提供するものです。

 

例えば、先に言った「パソコンにただ向かっているだけでお金を稼げる方法」という商品であれば、「パソコンにただ向かっているだけでお金を稼げる方法」が商品の中身でなければいけません。いろいろな実現が難しい前提をつけたうえでの「パソコンにただ向かっているだけでお金を稼げる方法」は、「嘘」と私は思います。

 

つまり、業者が消費者に対して、「商品を通じて価値を提供して、消費者のニーズを満たすこと」これが前提条件としてあるのを忘れているように感じるのです。だから、消費者が求めている広告文を作って、「消費者に商品を届けることで満たす」ところで終わっているのだと思います。消費者が商品を手にして、実際にそこでニーズが満たせるかどうかは関係なくなっているのだと思います。

 

広告に対する不信感

その結果どうなるかというと、消費者は広告文を信じなくなります。広告文を信じなくなると、何を元に商品を買って良いかわからなくなります。そこで出てくるのがブランディングです。

 

例えば、島根の秋山慎也が「パソコンにただ向かっているだけでお金を稼げる方法」を売っていても、誰も「そんなこと嘘だろ」と思って買いません。でも、ハローワークが、「失業者の皆様に朗報、・パソコンにただ向かっているだけでお金を稼げる方法」と販売したら、即完売すると思います。

 

これが、ブランディングの力です。

 

ところが、当然ビジネスで取り組む人がハローワークになることはできません。だから、こういう公的で嘘を就かない(とみんなが信じている)ような「信用」のある機関や人物などに、「認定されたり」「推薦されたり」することで「自分の信用度」をあげて、結果、自分の発する広告文に信頼感を与えることで、商品の販売率をあげるようになるのです。

 

ブランディングされた人や機関からのお墨付きをもらうことで、自分や自社の商品に信頼をつけるのです。

 

なぜなら、広告文が信じられなかったら、その文章に責任を持っている人が「信じられるか」「そうでないか」で判断するしかなくなるからです。

 

つまり、いかに業者が消費者から信用に足る存在なのかを示さないといけないということです。信頼を証明する方法としては、新聞に載りましたとか、公的機関から認定されていますとか、著名人から推薦されています、などいろいろなことが上げられます。

 

お客様の声ではもうだめ。信頼のトレードが必要

少し前までは、お客様の声も信用を証明するものでしたが、今や実名の口コミが買える時代になってしまったので、効果が薄くなっています。さらにカスタマーレビューなども自作自演ができたりして、効果が減っています。

 

このように、信用を得るためには、他者から評価を得ないといけないのですが、他者から評価を得るのは大変なわけです。ゆいいつ地道な努力で取り組めた、お客様の声やレビューなども、悪用する業者がいることで、信用材料でなくなってきているわけです。

 

そうなると、今度は信用されている人からのお墨付きしか、信用を証明する手段がなくなってきます。信用がある人=つまりブランド力のある人は、自分の信用が何よりも大切なことだということを知っています。だからブランディングされた人や機関から、お墨付きをもらうのは簡単ではありません。

 

どれだけよい商品を作っていても、お墨付きをもらえるようになるまではある程度時間がかかってくるでしょう。だから信頼を得るのは、一気に難易度があがっていきました。そこで台頭してきているのが、いわゆる顕彰ビジネスや学位ビジネスです。

 

顕彰ビジネスや学位商法とは

顕彰ビジネスや学位商法とは
例えば、「社会文化功労賞」というものがあります。これを受賞していると、あたかも宮内庁などから賞をもらっているように誤認しそうになります。ところが、この社会文化功労賞というのは、文化振興会という団体が与えるものです。同様に、文化振興会は、菊花勲章という賞も与えるみたいです。同じような賞で、「東久邇宮文化褒賞」というものがあげられます。

 

これらは、すべて元皇族だった方が関与した賞だったようですが、宮内庁やあらゆる官公庁とはまったく関係のない任意団体がお金をもらって授ける賞です。

 

これらは、顕彰ビジネスと呼ばれるもので、受賞するためにはそんなに大変なことはないのですが、高額なフィーがかかるらしいです。消費者はこれらの名前を見て、社会的な信用がある人だと誤認してその人を信用してしまいます。

 

私も最近知ったので詳しいことはわかりませんが、特に違法なわけでもないらしいです。

 

もうひとつ似ているもので、「ディプロマミル」という学位商法というビジネスがあります。ディプロマミルは、海外でも見られる商法で、非認定の大学によって学位が与えられるもので、問題になっているらしいです。

 

いずれにせよ、こういった紛らわしいことは、今後も増えていく可能性は高いです。

 

もちろん、上手にこれらの賞や博士号などを活用すると集客しやすいでしょうし、違法ではありませんので取り組むかどうかは完全に自由ですし、仮に公的機関の主催するものでなくても、お金をかけて受賞するものでも、誉れであることに違いはないでしょう。また、ユーザーからの一時的な信頼も得られると思います。

 

でも、最終的にはやはり中身合っての、信頼なので、しっかりと信頼にたるビジネスを確立して、本当の意味でのブランドを築き上げたいですね。

 

長期的な信頼はお金で買うことができません。これが本当のブランドになっていくと思います。つまり、日々の行い、在り方こそが問われるということですね。

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